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テルアビブのこと

エルサレムに続いてテルアビブのことを。

テルアビブはイスラエルの西側、地中海に面する都市。
ヘブライ語で「春の丘」を意味する。
国際的にはこのテルアビブをイスラエルの首都としているが、イスラエル側はエルサレムを首都だと主張している。昔は確実にエルサレムだっただろうから、東京と京都みたいな感じなのかな。
そもそもテルアビブという都市が建設されたのは1909年のこと。まだ100年程しか経っていない新しい街。

2000年程も前に国を滅ぼされ、世界中に散らばったユダヤ人はその間自分達の国を持っていない。ディアスポラ(離散)という言葉で語り継がれ、テルアビブには離散の歴史をまとめたディアスポラ博物館までもある。いわゆる難民とディアスポラの大きな違いは、"帰れない人"と"帰る場所が無い人"ということ。それが2000年も続いた。さまよい続けながらどこにも故郷が無いということが、より自分達はユダヤ人なんだというアイデンティティを強調したのかもしれない。そしてディアスポラした各地で、共存出来る場所もあれば、やはり迫害される場所もあった。よそ者扱いはどうしてもあるということだろう。

そして徐々に「シオニズム」という自分達の故郷を再建しようという運動につながった。それが19世紀頃。シオニズムとはエルサレムにあるシオンという丘からきている名前。シオンの丘に帰るという意味。

その思いから1909年に、地中海にあるヤッフォというアラビア人の街の北にある砂丘をユダヤ人が買った。それがシオニズムを持つユダヤ人達の希望の地になり、世界中に居たユダヤ人達がそこをめがけて"帰郷"したという。それがテルアビブ。第二次世界大戦でナチス・ドイツによるユダヤ人迫害もその後を押し、1933年にナチスによって閉校させられたあの美術・建築学校のバウハウスなどで技術を得ていた多くのユダヤ人もテルアビブに流れ込んだ。

バウハウスは現代建築に大きく影響を与える学校として知られるが、歴史ある建造物を大切にするヨーロッパでは、なかなか新しい建物を造る事が出来ないため、都心部よりも場所の空いている郊外地区にそれらのモダン建築物は建てられていた。

しかし、テルアビブは何も無い砂丘。まっさらな状態からすべてを造らなければいけない。いや、造る事が出来たというべきだろう。その当時の世界最先端の技術を持つ職人達によって、古代都市エルサレムとは全く違う新しい都市テルアビブが建設されたのだ。さらにこの1920年から1950年ころまでに建てられたそれらの建物はすべて、地中海や砂漠の気候を考慮し、すべて光を反射する白い色で建てられた。その地区は、ヨーロッパでは成し得なかった新たな建築様式の集合体として、出来上がってからまだ数十年しか経っていないのにも関わらず、今では街自体が「テルアビブの白い都市」として世界遺産にまで登録されている。異例のことである。

そのテルアビブが出来たことにより、1948年にイスラエルという国家が再び誕生した。


前置きがかなり長くなってしまったけど、街自体はとても活気に溢れていて、かなり都会だった。いる人達もとても人懐っこい印象で、我々日本人からすればいわゆる外国人なんだけど、背格好もそれほど変わらないし鼻が高いだけ。日本人でもすごく顔の濃い人がいるけど、そんな感じの人たち。文化的にもどんどん発展しているようで、アートや音楽といったカルチャーも東京をはじめとする他の都市に負けないくらいの感度を持っていた。夜の街では小さなバーやクラブなども多く賑わっていて、気候が良いこともあって外でも遊ぶことが出来る。12月はじめだったけど昼間は暖かくて半袖でもOK。街から歩いて5分で地中海に行けるのも最大の魅力。よく中東に来るという日本の方に会ってテルアビブってどんな街? と聞くと、「渋谷ほど街は大きくないけど、吉祥寺に海がある感じかな。」と。最高じゃないか。なんでもある街に海まで付いてきた。


これが少しだけど街並み。
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夜の部
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世話になったHADAS
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台湾から来てたねーちゃん達
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おもいっきりゲイ
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ナイスカップル
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カセットっていうお店。二階はビデオ。
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そして、翌日は歩いてすぐに地中海へ。
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海と高層ビルが隣り合わせ。
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どこででも出てくるイスラエルサラダ。きゅうりとトマトと少しのタマネギ。
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とりあえず、イスラエルはこんな感じだった。ニュースなどで報道されているガザ地区のすぐ隣とは思えないほど楽しい街。

あ、そういえば肝心の音楽イベントの事はまったく書いてない。
音楽イベントはYellow Submarineというイベントでイスラエルのミュージシャン達を各国の音楽プロデューサーやイベントオーガナイザーを呼んで見てもらうという、親交とオーディション的な感じ。なぜか日本からは我々HIDDEN CHAMPIONが、TEDERというテルアビブでイベントやフリーマガジンやインターネットラジオとかをやっているクルーに紹介された。

NYやロンドンとかの都市に行っても景色や言葉は違うけど、基本的には似たような生活スタイル。だけど今回のイスラエルは本当に異国に来たという印象だった。これを期にエジプトとかも機会があれば行ってみたい。そう思った旅。旅ってやっぱりいいもんだな。

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