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Posted by @momomagazine

ゲンコツの味

昨晩3杯目のウーロンハイに口を付けた頃、急に思い出した小学生のころの記憶。

Tゴリラのゲンコツの味だ。

Tゴリラは、真っ黒に日焼けした肌に、白髪の混じった短いおかっぱのような髪型をした、丸い鼻のオッサンだった。友達と喧嘩して、相手を流血させたりすると、恐怖の「ゲンコツ」を振りかざす。部屋の隅に正座させられ、畳の目が膝に食い込みはじめるのを感じながら見上げると、足を大きく開いて立ちはだかり、真っ赤に怒り狂う顔がある。ギュッと目をつぶる。Tゴリラはまず、狙いをさだめるように、頭のてっぺんにそっと握りこぶしを置く。その瞬間、頭のてっぺんから体中にビリビリと電流が走る。恐ろしさに、息をすることを忘れてしまう。そしてそれは落ちてくる。ものすごく高い所から。頭蓋骨と拳の骨と骨。それは、目の裏のほうから、鼻の奥、喉の奥に下ってくる。苦い味。Tゴリラの強烈なゲンコツが、私の頭蓋骨を破り、脳みそを壊す。暗闇の遠くのほうに線香花火が見える。喉の奥をゆっくりと通りすぎる苦い味が、心臓に届くと、ドキドキが止まらなくなり、鼻の奥がツーンとし始めて、涙がボロボロこぼれ始める。壊れた脳みそがこぼれないよう、頭を抱えてうずくまる。32年半、たくさんの痛い思いをしたけれど、Tゴリラのゲンコツの苦さだけは忘れられない。

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Tゴリラは、学童クラブ、通称「ガクドー」の先生だった。通っていた小学校から大人の足で5分ほど、野球場のある大きな公園に隣接したプレハブ小屋のようなガクドーは、当時の私にとって、毎日夕焼け小焼けの音が流れるまで閉じ込められる監獄だった。顔も身体もカサブタだらけのいじめっ子たちが集結していた。実家がお店だったり、共働きだったり、「ボシカテー」のガクドーの子供たちは、今思うと寂しさや不安や戸惑いを、お互いを痛めつけたり、見つかったら怒られるようなハラハラする遊びで紛らわせていたのかもしれない。

公園で一番高い木に何人かで登っていた時だった。どんくさい私は、手を滑らせて、背中から地面に落下した。きっと2メートルもない低い所だったと思う。それでも、滑った手の爪の先、高い所から私を見下ろす男の子たちのアッと驚いた顔を眺めながら、空中を長い間漂っていた記憶がある。堅い地面が背中を突撃した瞬間、息が止まった。どうしても息ができなくて、声が出ない。その瞬間、遠くから、ドスドスと走って来たのがTゴリラだった。あの恐ろしい大きな手が伸びて来たかと思ったら、クルっと私を抱き上げてくれた。息が戻った。

2、3度の夏休みの後、Tゴリラを見かけることが少なくなった。ゲンコツされる事が少なくなったガクドーの私たちは、彼がいないことを喜びながらも、いつも「ゴリラは?ゴリラは?」と他の先生に確認していた。

ランドセルがボロボロになり、もうガクドーに通わなくなった頃、Tゴリラが死んだという噂を聞いた。自転車に乗って、久々に訪ねたガクドーには、小さくて傷だらけの子供たちがたくさんいた。先生に、「ゴリラは?ゴリラは?」と聞いても、何も教えてくれなかったけれど、なんとなく、もう二度とTゴリラに会えないような気がした。

私はごめんなさいを言えたのだろうか。

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