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Posted by @momomagazine

浅草と寄席と不思議なお友達の話

その日の浅草演芸ホールは、これまでに行った寄席のどれよりもザワザワしていた。噺家さんが高座に上がっても、おしゃべりしてる人や、最悪にもケータイなっちゃう人がいて、なんかブルックリンの映画館みたいに雑で自由な場所だった。

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浅草演芸ホールといえば、欽ちゃんやビートたけしを輩出した伝説のコメディー劇場。
寄席ってのは、ミックステープ(CD)みたいに、落語の他にいろんな演芸が盛り込まれてて、4~5時間も楽しめるお得パッケージだ。

私は缶ビール片手に、昼過ぎから1人で前方の端の席に座ってヘラヘラしていた。途中、漫才や手品を挟んで、様々な噺家さんたちの話に吸い込まれていく。

あれ?この話はどこかで聴いたコトあるなぁ。と思ってたら、隣に座っている着物姿の女性が、チラシの裏にボールペンで走り書きをしてる。あ。この人、落語の始めの部分聴いただけで、演目わかっちゃう人だ!iPhoneアプリで言うと、Shazamみたいな人だ。

私は「仲入り」という休憩時間にその着物姿の女性に話かけてみた。
「すみませんが、それって演目メモされてるんですか? 」 女性は、こんな走り書きで恥ずかしいなんて言いながらも、少し嬉しそうに見せてくれた。

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そうだ!このネタは「子ほめ」だ!口下手な引きこもりニートが世渡り上手に人の褒め方習って、実践しようとして大失敗する話!

女性は高いトーンの早口で私にたずねた。
「誰がお目当てで来たの?」
これは落語好きにはきっとフツーな質問で、アイドルヲタ的に訳すと 「で、誰推し?」という意味。私は正直に「いや、今日はフラっと来ちゃったんです。」と答えたら、その女性は、
「あなた、とっても個性的!私ね、非常識が大好きなの。こんなところに1人で来るのは芯のある証拠。もし都合が悪くなければ、最後まで観て、一緒に楽屋に行きましょう。」
唐突な提案に、勢いで「よろこんで!」と答えた。落語とは、日本の古き良きバカさや、ダメ人間カルチャーをそのまま温存し続けてる美しさがあって、この女性の言葉は、それそのものだった。

この日の演目には、「禁演落語」というテーマが設けられてて、日本が第二次世界大戦に突入する直前に、今で言う「放送禁止ネタ」に指定されたいわゆるR指定落語限定の会だったが、もっとエゲツない下ネタとか、吉原の話とかいつも演ってるじゃんとか考えてたら、あっと言う間に21時になった。

ゆっくりと会場を後にするご老人達をかき分けて、着物姿の女性はススっと私を連れ、楽屋前の暖簾(のれん)を潜った。「関係者以外立ち入り禁止」の看板を抜け、お弟子さんらしき人に名前を聞かれ、「Kでございます。」とだけ伝える。

魔法みたいにフスマが開いて、着物を脱ぎ去り、もうすでにポロシャツ姿の師匠達があたたかく歓迎してくれた。さっきまで江戸時代だった人達は、人の良さそうなおっさんになってた。

Kさんは師匠たちに、あの場面が良かった、とか、このまえのあの席も良かった、とか一言二言会話をして、手土産のお菓子をテーブルに置いた。それから「こちらが、サヤさん。まだ落語好きになりはじめたばかりみたいだけど、連れて来ちゃった。」とお茶目に紹介してくれた。一人の師匠がKさんに次回の独演会の割引券を手渡して、私たちはペコペコしながら楽屋を去った。ほんの1分ほどの出来事だった。

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「落語はねぇ、縁なのよ。どの師匠が好き、どの話が好き、じゃなくてね、こう不思議とそこに居合わせる、縁。」 Kさんは、サイゼリアでピクルスをつまみながら話してくれた。Kさんは、小さなアパートに子供達が独立してから25年も一人暮らしをしているそうだ。電化製品もほとんど無く、月に4~5日、「掃除屋」として働き、それ以外を落語やその他の演芸を楽しむ事に費やしている。「落語家よりも、安い暮らし。もう楽しくてしょうがないの。」と話す。

「欲が無いとね、こわいぐらいに欲しいものが全部舞い降りて来るの。私ね、美味しいものが食べたいとか、お酒が飲みたいとか、一切無いのよ。シンプルでバカな暮らしをしたいの。でもそう思ってるとね、とっても面白い人達に出会うし、どういうわけか生活にも困らないし、もう、毎日がパーティーなのよ。おそろしいわよ。だから人にも分けるのが大変なのよ。」 

落語は、噺家さえいれば、座布団とステージ(高座)があればできちゃう。究極にミニマルなエンターティメント。Kさんはこう言った、
「私ね、何も失うものが無いの。本当に何にも持ってないの。それが一番健康だってわかったの。」 私は、お茶をすすりながら、他にも健康でいる秘訣があるんじゃないか聞いてみた。
「腹を立てるのが、一番身体に悪いわ。怒るとね、私は必ず病気になっちゃう。」
現代人の心身の病気の原因を、もうとっくに知ってるみたいな答えだった。じゃぁ、怒りたくなったらどうするのよKさん。我慢するんですか?
「そうねぇ。ヘラヘラするわねぇ。許しちゃうのよ。それと、少しの悪口を言う。」

う〜ん。
なんか...サラっとスゴいこと言う。

「そういう風にあなたおもしろがるけどね、私ほら知性も才能もなぁ〜んにもないの。私を動かしてるのは、なんかこう、ご先祖様とか神様とかそういうフワフワしたものよ。縁だけ。」

サイゼリアのお会計をしようと、私が千円札を差し出したら、それをKさんがサッと横取りして、折り紙を始めた。

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「はい、これが千円シャツ(サツ)。ネクタイも付いてるのよ。」

なんてキュートなオチをつけてくるんでしょうか。
もう、最強にカワイイです。71歳のKさん。今日1日で良いお友達ができちゃった。私も、縁と運で生きてるなぁと痛感した夏の終わりの浅草での出来事でした。





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