ホテルを転々としている。
シンガポールのジリジリと暑い日差しを背中に受けて、タクシーにスーツケースを2つとバックパック2つを放り込む。私たちの今の生活の全ては、タクシーのトランクに問題なく収まる。
今年の7月7日に入籍した。3年以上いっしょに暮らして、職場が二人とも中目黒だし、もう少し都心のほうに引っ越そう。引っ越す手続きのついでに入籍しよう。とかそういう理由で。印刷工場が建ち並ぶ板橋区の小さな町から出るつもりが、日本からまるまる脱出することになるなんて、その時は全く予想もしていなかった。
何度か簡単なメールのやりとりをして、待ち合わせした。大嫌いな池袋の中途半端にオシャレな居酒屋だった。お茶するぐらいならビールが飲みたいですと言ったのは私だった。
何杯かビールが進んだときに、彼が言った。
僕は、初めてあなたを見た時から、これは僕たち結婚するんじゃないかと思ったんですよ。結婚したら、楽しいんじゃないかって。
相棒の男子と二人、自衛隊時代の貯金を使って世界一周の航空券を購入したが、イタリアで有り金を全部だまし取られてしまった。(だせーw)クレジットカードで帰国したけど、残りの航空券はまだ有効だから、男二人で賄い付きの仕事と深夜の宅急便の仕分け仕事を掛け持ちして、目標貯金額の数十万まであと少し。当時、ヒールを履いて、表参道に勤め実家暮らしをしていた私の世界とはかけ離れていて、衝撃的だった。不意打ちだった。
彼の方が年下だったこともあって、ワタシ別に彼氏とか欲しくないし、あんたまだ若いし、南米でお尻プリプリの可愛いイパネマちゃんとでも恋に落ちたりしといたほうがいいんじゃねとか言いながら、次の日に電話したのは私のほうだった。
その時、彼は結婚したら生活を全部捨てて、3ヶ月ぐらい一緒に新婚旅行で世界中を回ろう。みたいな事を言っていた。どうしようこの人超非現実的のバカだと思ったけど、そう言われた瞬間、月に照らされたオレンジ色の砂漠を、彼とラクダに乗ってキャラバンと共にゆっくり進む映像が頭の中に流れた。砂漠でテントとか、最強にエロいとか思った。
入籍して夫になった彼は、シンガポールで仕事をすることを決意した。あの旅の途中の頃から、飲食の世界にのめり込んで、サービスのプロになることを目標にした彼のこの決断は、とても面白くて壮快に思えた。
その決断からようやく2ヶ月経つのだろうかっていう今日、私はこうしてシンガポールの安い宿の小さなデスクでこれを書いてる(打ってる)。これまで毎年2回は2人でいろんなところへ旅行してきた私たちだけど、これはもしかしたら壮大な新婚旅行の始まりなのかもしれない。ここでうまく行かなくても、案外次も面白いんじゃないか。 そう考えると、固いベッドも薄い壁も、壁を這う小さなハ虫類も、一生懸命目に焼き付けなきゃと思うから不思議だ。
スーツケースを2つとバックパック2つ。
今夜は、彼がこれからマネージャーを務める予定の、お店がオープンする予定。
出かけなくちゃ。