シンガポールに来てから、一週間が過ぎた。
見事に何一つうまく行かない。
ビザの申請には予想以上に時間がかかっているし、住む家も無ければ、電話も持っていない。本当にゼロの状態。東京の「ふつう」だった、あのたった一週間前の全てが、何だか遠いものに思えてくる。
ある夜、私たちは人が行き交うストリートのど真ん中で、涙が飛び散るようなケンカをした。
あまりにもうまく行かないので、一度、シンガポールから出なければいけなかった。
先に到着していた彼のビザ無しの滞在日数も、お互いのストレスも、なにもかも目に見えてギリギリだった。
シンガポールからは、様々な国へのアクセスが可能だ。
バスですぐにマレーシアに行けるし、バリ島へも2時間ほど。タイだって、往復8000円ほどで1時間で行けちゃう。
まったく夢のような立地条件。
言葉も交わせないほど落ち込んでいた私たちだったけど、大好きな旅行がこんなに簡単にできると知ると、少しだけ会話もするようになった。
「どうしよう。やっぱりビーチかな。」
「海の近くで、ビール飲んで、なにも考えない日にしよう。」
インドネシアのビンタン島。
シンガポールから、フェリーで50分。二人で往復しても7500円程度。
シンガポール人の同年代の男子からは、「やめなよーBintanなんて、やることないラ」(語尾に「ラ」って付けるのがシンガポール英語の方言みたい)って言われたけど、やることないって事がここまで魅力的に思えたことは無かった。
なんにもしないことを目的に、ビンタン島へ。
シンガポール市内から、バスとフェリーを乗り継いで、本当にあっという間にインドネシアの小さな島に到着した。
予約したリゾートのプライベートビーチには、彼と私しかいなかった。
遠浅の海に、真っ白でキメ細やかな砂。サンダルを脱ぐと、ひんやりとしたベルベットの上を歩いているようだった。
少しぬるいビールを飲んで、
調子に乗って、メロンを丸ごとくりぬいてクリームリキュールにアマレット、それからウォッカとラムがドバドバ注ぎ込まれたドリンクを飲んだ。ひゃっほう!
お酒が回ってダルくなったので、私たちは浜辺にあったビーチマッサージ屋に倒れ込んだ。
波の音だけが響いて、甘いアロマオイルが香る。ふっかふかのタオルに顔を埋める。
二人のインドネシア人のおばちゃんたちのおしゃべりが、鳥のさえずりのように聞こえる。
そして、遠のいていく。
気がつくと、木造の屋根と柱の外ではスコールが降っていた。雨音が波の音と混ざって、ひんやりした風が気持ちよかった。
マッサージが終了し、インドネシア人に叩き起こされる頃にはもうスコールは止んでいた。
ぼやぼやする頭の中でその時、私の尊敬するLA在住の日本人バーレスクダンサーがFacebookにポストしていた言葉を思い出した。
"I have no religion, but if there's something like God, I think it's Time. It'll change everything. It'll never be controlled by anyone. Just beleive in Time, and let it deal with those shits. And wait."
「私は宗教家じゃないけど、もしも『神様』みたいなものが存在するなら、それは『時間』だと思ってる。それは全てを変えるもの。誰にもコントロールできないもの。『時間』を信じて、うまくいかないクソみたいなことは、時間に任せて。ただ待ってればいいの。」
どうしようもない時ってのがある。
大きな傷を負った時、とても大切なモノを失ってしまった時、どうしても笑顔になれなかったり、言葉が出てこなかったり。
『時間』をもっと信じてみたいと思う。なぜなら『時間』は必ず傷を癒し、『時間』は必ず過ぎ去るから。
行き先へ向かうための電車やバスを待つみたいに、眠れない夜を越えて日が昇り始めるみたいに、好きなことをしていても、何もしないでいても、時間が過ぎてくれる。確実にどこかにはたどり着く。
クリック一つで何かが起こっているかのような時代だけれど、急いだり効率よく進むことだけが『時間』とのベストな付き合い方では無い。
『時間』ほど平等で残酷で、そして人を救ってくれるモノは無いかもしれない。
そしてやっぱり朝がきた。
真っ暗だったインドネシアの星空から、また力強い太陽が野性的な木々を照らしていた。
フェリーでシンガポールへ戻る。入国で若干質問攻めにされたりしたけど、無事にあと30日間の滞在許可がでた。
一日半の旅が終わって、まだ何も解決していないのだけど、それでも次の30日間はもう少しうまく時間とつき合えるような気がしている。
LA在住のバーレスクダンサー、NIKITAのページはこちらです。>> WHO IS NIKITA??